特別インタビュー:コンタクトセンター業界とCCAJ
出典:CCAJ NEWS 2024年10月号(Vol.331)
呉会長に聞く、コンタクトセンターの未来!
同企画では、誌面の関係で名称変更の話題が中心になりましたが、それ以外にもいろいろなお話を伺うことができました。そこで、特別インタビューの内容をベースに、より多くの話題を加えた新しいバージョンの記事を掲載します。ぜひこちらもお楽しみください。

呉会長は長年にわたって、コンタクトセンター業界に関わっていらっしゃいますが、学生時代にアルバイトとしてコールセンターに入られたことがスタートと伺っています。せっかくの機会ですので、呉会長ご自身の経歴をお話しいただけますか。
最初にコールセンターに入ったのは、21歳ぐらいですね。アルバイト雑誌を見ていた時に、座ってできる仕事だから良いなと思い、普通に電話して面接を受けにいきました。採用されたので、コミュニケーターから始めました。
コールセンターだからということではなかったのですか。
もう30年くらい前のことで、この業界自体がまだよちよち歩きの時期だったので、学生としてはこういう業界があることも知らなかったですね。
当時、保険業界の規制緩和でアウトソースが可能となって、生命保険会社や損害保険会社がコールセンター業界へのアウトソーシングを進めていた頃で、その時期にアルバイトで入りました。業界の一番初めの成長期ですよね。配属されたのが損害保険の時間外の受付で、学校が終わって18時から22時くらいまで働いて帰るという、学生に都合のいい仕事でした。
実際、学生が多かったですね。1年もたたないうちにリーダーになって、卒業までの2年ほど働きました。
当時から、ご活躍されていたのですね。
一般の応対よりもまとめる方が向いているようだから任された感じですかね。学生が多くて入れ替わりも結構早かったので、新人が来たらトレーニングも担当していました。後は、事故系の二次受けですね。ややこしいことも多いのですが、むしろそっちが向いていたと思います。
ご自身では、どのあたりが適性が高かったと思われますか?
声に凄みがあることじゃないですか(笑)。クレーム対応の時でも無駄に落ち着いているというか、まず落ち着いてくださいといったニュアンスが出せたのが合っていたと思います。何度も電話を取っているといろいろな引き出しが増えるので、言い回しなども相手の安心につながるようになります。そういう経験も求められていました。
保険関係では、できることとできないことが最初からはっきりしていて、夜間受付ではできることが限られます。それ以上求められた場合には、翌日の朝まで待っても大丈夫ですよといったことをちゃんと説明できることが必要で、そういった雰囲気と経験があったという意味で向いていたということだと思います。
大学を卒業される時に、そのまま就職しようというお考えはなかったのですか。
社員の方からこのまま就職しないかと声をかけていただいたのですが、当時はそれほど興味がありませんでした。自分の中では、知らない社会に入って人間関係を一から築くということも含めて社会人になることだと思っていたので、その時はお断りして、生鮮食料を扱っている中央卸売市場に就職しました。
どのようなお仕事だったのですか。
いわゆる市場で競りを仕切る仕事ですね。朝が早くてハードワークでしたけれど、ものを一個作る大変さとか、それを売ることの大変さといった商売の基本というものを、すごく勉強させていただいた職場でしたね。3年くらいして、今の会社の社員の方から連絡をいただいて、転職を考えることになりました。
いったん他の業界に出られて、またコールセンター業界に戻られたということですが、何かきっかけがあったのですか。
学生バイトの時に経験した保険業界の規制緩和に続いて、コールセンター業界にはもう一つ大きな波があって、それが携帯電話関連のビジネスでした。その影響ですね。
当時は地方ごとに携帯会社があって、競って売り出していました。携帯関連は、ものすごくコールセンターを必要とする業種です。ショップもありますが、受付や契約変更などコールセンターがすごく重要となるので、この業界にニーズが来て一気に大手が急成長した時期でした。そういう時に、声がかかりました。
実は新卒の時に、少なくとも3年間は転職しないと宣言していたのですが、それをおぼえていてくれた社員の方がいて、もう3年経ったから戻ってきてくれないか、こちらも人手が足りないから待っていたんだよと言っていただいて。そこまで言っていただくのであれば戻りますと、26歳の時にベルシステム24の正社員として入社しました。それが経緯です。
コンタクトセンターは、業界未経験であってもそれまでの経験が生かせる職場だと思います。会長の場合は、センター勤務の経験もおありで、さらに外の世界も見てこられたということで、今の業務にも生かされていらっしゃるのではないですか。
そうですね。前職は、物があってそれを売る場所でしたので、商材をやりとりしていたことがすごく勉強になりましたね。安く買いたいっていう仲買に対して、いかに高く売るか。そこで貸し借りをどう作るのか、商売の本質的な部分を学ばせていただけて、それが役立ちました。仕事上のポイントは、それぞれの業界で違うと思います。他の業界での業務経験がある方は、今に当てはめたらどうなるのか考えることが重要で、ぜひ進めていただきたいと思います。
また、就職経験の無い学生さんや主婦、他の夢をお持ちの方も、たくさんセンターで働いていただいています。そういった皆さんも、それぞれの経験をベースにしていただきながら、いろいろなことに興味を持っていただくことは非常に有益であり、それを生かせる余地がたくさんあるのがコンタクトセンター業界だと思います。
より多くの方に興味を持ってコンタクトセンター業界に飛び込んできていただいて、いろいろな経験を生かしていただけたら良いなと思っています。
数字面だけでなくて、コミュニケーションの優劣の違いが気になる人もいるだろうし、システム系の人はシステム化の可能性を考えるでしょうし、そういうことがすごく大事だと思います。そういう視点が生きる可能性が高い業界ですし、そこからキャリアアップにもつながっていくでしょう。
呉会長ご自身は、長年この業界に携わってキャリアを積み重ねきた中で、どのような意識や目標を持ってこられたのですか。
一つのポイントとして辞めなかったことが大きいですね。これまでに、2回ほど本当に辞めようと思ったことがあります。辞表を書こうとまでしました。当然、辞めるという選択肢もあったし、辞めたらまったく違う人生だったでしょうが、そこで踏みとどまれたから今につながっていると思います。
もう一つが変革や改善が好きだったということですね。これは性格的なものなので、皆さんには当てはまらないかもしれませんが、これまではこうやっていたけど、手法を変えればもっと良くなるのではないかということを常に考えていました。
今では普通ですが、あるコストの業務があった時に、それは1時間あたりいくらかかっているのかというように、細かく分解して理解するといったことを当時からやっていました。センター業務はサービスという無形商材なので、業務が売り上げや利益にダイレクトにひも付きにくい。それを一つひとつ分解することで理解しようということは当初からやっていました。そういう意識を持って仕事をすることはすごく大事だと思いますが、それは前職の経験のおかげだと思います。
目先の収益ではなく、もう少し大きな目線で仕事を開発されていたということでしょうか。
正確に言うと両方です。短期的な結果を求められるのが仕事なので、そこは絶対にクリアするのだけども、それだけではつまらないということですね。その順番を変えてはダメだと思います。ビジネスは、売り上げや収益を上げるのが仕事なので、そこできちんと結果を出すということはキャリア上からも重要ですが、ただそれだけにはならないように気をつけていましたね。結果を出しつつ、どうやって変えるかというところに強い興味があったので、それが今につながっているかもしれません。
変革や改善を、辞めずに続けてきたことが良かったということですね。
仕事だから制約や理不尽なこともあるでしょう。でも、ここが好きだ、ここだけは譲れないというところを、1割、2割の力でも良いから愚直にやり続けること、その継続性が大事だと思います。

